ガザとは何か ■岡 真理 著・大和書房・2023年■

  21世紀のジェノサイドとアパルトヘイト(2) 




ガザとは何か
岡 真理 著
大和書房・2023年
 さて著者の岡氏は「パレスチナ問題」を語るに何を起点にしているか。本書に「パレスチナ問題関連年表」が付されており、その最初の項目が「1894年 フランスでドレフュス事件が起きる」となっている。フランス軍の大尉ドレフュスがフランス人でありながらその出自がユダヤ人であることからスパイ容疑の冤罪で終身刑を宣告されるという事件だ。欧州キリスト教世界で象徴的に語られるユダヤ人差別事件である。その数年後にシオニズム運動が起こる。ヨーロッパで反ユダヤ主義に苦しめられてきたユダヤ人たちがパレスチナの地に入植し、そこにユダヤ人のためのユダヤ人国家を建設しようという「政治的プロジェクト」である。しかしパレスチナの地には当然ながらむかしからアラブ人が暮らしていた。
 旧約聖書「創世記」に記されている「パレスチナの地を神がユダヤ人に与えた約束の地」とする一節から信仰の実践に奮い立ち入植活動に邁進したということなのだろうか。いや、著者は「宗教的な熱情に駆られ」たわけではないと断じる。「シオニストはユダヤ人ではない」とも。シオニストは「(フランス人やドイツ人に同化してそこを祖国として生きてきた=筆者注)同化ユダヤ人で、非宗教的な人たち」であり、シオニズムを宗教の文脈で語ること自体そもそも間違いなのだった。なるほど、だからなのか、ニューヨークで超正統派の敬虔なユダヤ教徒の人たちが反イスラエル・パレスチナ支持のデモに多数参加しているニュース映像を見て奇異に思ったのだが、シオニズムとユダヤ教とは何の関係もないことを腑に落としておくべきだった。
「神の教えに従って正しく生きていれば、いつの日か、神はメシア=救世主を遣わして、我々をパレスチナに帰してくれる」がユダヤ教の原初の教え。それなのに「神がメシアも遣わしていないのに(略)帝国の軍事力を利用して、(略)神が与えた試練であるディアスポラ=離散状態に終止符を打つなどというのは、ユダヤ教それ自体の否定である」というのが超正統派の考え方なのだった。シオニズムは信仰の道に外れるというのだ。イスラエルのジョークにこんなのがあるらしい。「シオニストは神の存在を信じていないが、『パレスチナは神がユダヤ人に与えた約束の土地である』ということは信じている」

 さて、このように見てくると、本書帯にある「パレスチナ問題は決して“難しく”ない」とはその通りに思えてきた。宗教的・民族的な問題に落とし込まなきゃいけないような複雑な操作は不要だった。イスラエル国家のありようは、植民者のシオニストたちが先住民のパレスチナ人を一掃し、パレスチナの地をぶんどってしまおうという、単なる兇暴な地上げ屋のふるまいでしかないのだった。
「難しい」と捉えるのは、反ユダヤ主義を歴史的に担ってきたヨーロッパ人からの言い訳に過ぎない。戦後、彼らヨーロッパ人がユダヤ人を批判の対象にして語ること自体「反ユダヤ的」と烙印され、それは致命的に「政治的に正しくないこと」であると徹底して叩き込まれている。この度のイスラエル侵攻に対してもヨーロッパの国々の多くは全くの思考停止に陥っているようにもみえる。すくなくとも私たち非ヨーロッパ人にとってはそうした呪縛からは自由であるのだ。しがらみはない。米国内の福音派のような、政治的に忖度しなければならないような存在もない。斎藤氏が取り上げている一冊目の書名には「人類史上最もやっかいな問題」(著者のソカッチは米国在住のリベラルなユダヤ人とのこと)という文言が記されているが、私たちが「やっかいな問題」であると同意署名する必要もない。こうした私たちの立ち位置から、欧米とは違ったアプローチでパレスチナ問題の解決に積極的に取り組んでいけることを確認しておきたい。
No.1 2024.2.7(か)
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