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Ⅱ章の注釈を担当したのは、久保康之(1956-、摂南大学特任教授)である。植物病理学を専攻する久保には、『農学概論』(朝倉書店、2022)という大学教科書がある。久保は、良行が行けなかったイリアン・ジャヤにも出かけている。そして、『森と海と先住民 イリアン・ジャヤ(西パプア)民衆の暮らしと自立への胎動』(ニンジャ・ブックレット、1999)などを書いた。出版元のニンジャ・ブックレットは「インドネシア民主化支援ネットワーク」という名の出版社である。 Ⅲ章の注釈を担当した福家洋介(1951-、大東文化大学教員)は、良行と長期にわたり旅を共にしてきた。ベッドが二つある現地の安宿の部屋を良行と分け合う機会が多かったのが、福家であった。 福家は、「人間・鶴見良行」を最も間近に観察してきた。 Ⅲ章「サバ、スラウェシ、テルナテの旅」(1983年7月27日から9月17日まで)においても福家は良行と一緒だった。この章から本格的な研究ノートにフィールドノートが変化している。旅の質に変化が起きたのだ。それは、福家洋介、村井吉敬、内海愛子らが旅の同行者となったことによる。良行を含めて4人は、毎日議論を重ねて旅をした。福家、村井、内海の三人は、インドネシア語に深く通じていた。彼らから得た情報の豊かさが、良行の旅をそれ以前の旅と異なるものにしていった。 福家洋介には、良行との共著『大地と海と人間 東南アジアをつくった人びと』(筑摩書房、ちくま少年図書館100歴史の部屋、1986)がある。その本の第1章「ガジャ・マダ」と第3章「スカルノ」をインドネシア研究者の福家が書いている。この本は、小学校高学年から中学生に向けて書かれたアジア学入門書である。隠れた名著として関係者に知られる。本書を常備在庫とする書店が全国には何箇所かあり、また全国の公立図書館には本書を中学生らに推薦する司書たちがいる。小中学生たちがアジアを最初に学ぶ本として人気を維持している。 この『大地と海と人間』は、筑摩書房「ちくま少年図書館」100号刊行を記念した企画であった。それだけに、編集者と執筆者双方の特別な思いが込められている。この本の刊行後に企画されたのが、岩崎書店『アジアを考える本 近くて遠い国』全7巻(1995)である。小学校高学年から中学生向けのアジア学入門書であった。このシリーズ本・第2巻『東南アジアってどこ?』(1995)と第4巻『かわりゆく農村のくらし』(1995)の編著者となったのが、福家である。 この『アジアを考える本』には、質の高いカラー写真が数多く掲載されている。写真を重視した良行の学び方が生かされている。 『アジアを考える本』の第5巻『ゆたかな森と海の暮らし』、第6巻『モノ・カネ・ヒトが動く』の編著を担当したのが、藤林泰(1948-、埼玉大学教員)であった。藤林は、『著作集11』のⅣ章とⅤ章の注釈も担当している。 福家と藤林の二人には、共編著『日本人の暮らしのためだったODA』(コモンズ、1999)がある。 『アジアを考える本』と『日本人の暮らしのためだったODA』には、内容が一部重なる。ODA(政府開発援助)による現地住民への影響について論点を絞っているのが、『日本人の暮らしのためだったODA』である。8人の寄稿者のなかに、『エビと日本人』(岩波新書、1988)の村井吉敬、『かつお節と日本人』(岩波新書、2013)の共著者・藤林と宮内泰介(1961-、北海道大学教授)がいる。 藤林は、フィリピンで国際協力機構(JICA)青年海外協力隊員として日本語教師をしていた頃に現地で良行と出会った。 「フィリピンで日本語を教えていた藤林泰さん(中略)にお世話になった」と 『海道の社会史』(「あとがき」p.263、朝日選書、1987)にある(『著作集8 海の道』p.174)。 それまで現地で出会う青年海外協力隊員とは良行は距離をとっていた。しかし、藤林との出会いをきっかけに、海外ボランティアとしてアジアを学ぶことの意義を理解するようになった。フィリピンから帰国した藤林は、編集者となる。そして担当したのが、良行の『辺境学ノート』(めこん、1988)である。良行のフィールドノートが最初に本となった。4章構成であるが、『著作集11』ではⅣ章、Ⅴ章の2章に再構成された。 1980年代にフィリピンでの日本語教師を経験した藤林は、90年代になって再び日本語教師となりインドネシアに赴任した。スマトラ島にある大学で2年間日本語を教えた。その経験により、タガログ語(フィリピン語)とインドネシア語に精通したアジア研究者となる。そして辿り着いたのが、『かつお節と日本人』(岩波新書、2013)である。共著者の宮内泰介(1961-、北海道大学教授〕と長年にわたって取り組んできた研究テーマであった。しかし、この本は二人だけの研究でなく、数人以上の共同研究者たちによる積み重ねによる。『かつお節と日本人』は、良行の『バナナと日本人』(1982)、村井吉敬の『エビと日本人』(1988)と並び、岩波新書の三部作となった。 現在、良行が遺した蔵書やノート・写真などは、「鶴見良行文庫デジタル・アーカイブス」(立教大学共生社会研究センター)で一般に公開されている。その創設に尽力したのが、藤林泰であった。良行が遺した蔵書7000冊、写真4万枚、カード1500枚、ノート20冊などを鶴見千代子から託され、一般公開すべくかたちを整えていったのが、藤林であった。 |
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