旧著探訪 (12)

 明るいチベット医学  
■大工原彌太郎・情報センター出版局・1988年■
 チベットでは医者になるにはまず出家して仏道を極めなくてはならない。これは医学に限ったことではなく、大学(僧院)で講じられるあらゆる学問には仏教哲学が根底において求められる。いわゆる「教養課程」の必須科目といえる。
 宗教とからんだ医学となると、おまじないで病を治そうとする印象を受けるかもしれないが、いたってその学問体系は実証的なのだ。
 例えば徹底的に解剖を重視する。死後の肉体はただの物体に過ぎないと考えるチベット仏教においては、献体への抵抗感もなく、医学生は検体に事欠かない。皮膚をはがし、筋肉組織を細かく細かく腑分けし、神経繊維は末端の枝葉まで取りだしていく。こうした解剖は素手で行う。感触を学ぶためである。やがて肉の一片からその人の病や生命力の根源である「ツァ」と呼ばれる神経パルスの流れを解明することができるようになるという。生命リズムのツァを整えることが医療の眼目とされる。
 著者は仏教研究のためチベットに渡り、その後、師(ラマ)の勧めで密教医学を学んだ。「医学僧」と呼ばれるらしい。
 刊行当時、結婚して子供が生まれたらチベット流に育てたいと思ったものだ。人間としての「出だし」の時期に払われるべき注意点が多々紹介されていて興味深い。日本で行われている育児法とはずいぶん違うし、チベット流からすれば、まったくもって害あって益なしともいえることがまかり通っているともいえる。出産後の妊婦の処置法、授乳からおむつのこと、だっこの仕方、「はいはい」の期間などなど。アトピーや近眼、腰痛、虚弱体質などなど、長じて悩まされる数々の病気は、すべて幼児期の過ごし方・育てられ方に起因していることがわかってくる。仏教をバックボーンにして構築されたチベット医学ではあるが、すごくプラグマチックな考え方で大いに納得させられる(いや仏教そのものがプラグマチズムなんだろう)。
 いずれにせよ、すべてのお母さんに読んでほしい本である。
 子供が出来たら……このチベット流で、と思いながら、本棚に大切にしまい込んだまま失念してしまい、上の子は高校生になってしまった。覆水盆に返らずであります。
2007.8.5(か)
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