「ポテトはよろしかったですか?」(2)

《過去形と丁寧表現》篇

賀陽 捷(かや・しょう)

 て、今回はタイトルの「〜でよろしかったですか?」の表現について書きます。
 この物言いはファーストフード店やコンビニでは定番です。とくに20歳前後から30代前半にかけての女性の口から発せられます。おそらくアルバイト教育用に用意された接客問答集のようなものに記載されているのでしょう。
 「ポテトはよろしかったですか?」
 あなたはチーズバーガーとコーラを注文した。とすかさず、カウンターの向こうから店員が発するフレーズ。お馴染みですね。フライドポテトもございます、追加でご注文はいかがですか?という意味ですね。提案・お誘いの丁寧な言葉と理解されています。
 しかし、すこし年輩の方には不興を買っています。なぜ過去形で問いかけるのか。「よろしいですか」「よろしいでしょうか」でいいじゃないか、昨今の若者の日本語は乱れとる!と。たしかに現在進行中のものであるから「…よかったですか」ではなく「…よろしいですか」「…よろしいでしょうか」のほうが正しいような気はします。
 しかし、私個人的には、この過去形表現にあまり違和感を覚えない。いやむしろ、過去形にしたほうがやさしく響くような気がしています。
 「ポテトはよろしいですか?」よりも「ポテトはよろしかったですか?」のほうが丁寧な表現のように思えるのです。(紋切り型のマニュアル問答という側面を除外すればという条件付きですが)。
 「よろしかった」表現の批判を耳にするたびに、なぜ私はそう感じてしまうのか、いつも不思議でした。言語センスなんてその時代時代、世代世代によって違って当たり前です。ですから、私は、まだまだ若者言葉が、とくに若い女の子たちの口吻が理解できる、ゆえに私は若いのだ、とそう納得していました。
 『友情<ある半チョッパリとの四十五年>』(西部邁・新潮社・2005年)という本を読んでいたら次のような一節に出くわしました(213頁)。
 ……夕方には、街を歩いて煎餅売りをさせられていたんだよ。「煎餅、よかったですかあ」といって一軒一軒、聞いて歩くんだ。「いかがですか」じゃなくて「よかったですか」と過去形の言葉で問いかけるのが北海道に特有のことかどうか知らんのだが(略)……
 この部分は西部氏自身の記述ではなく、本の構成上、著者の友として登場する「半チョッパリ」の手記からということになっているのですが、いずれにせよ、著者も耳にしている表現なのでしょう。
 となると、今になって突然あらわれたアルバイト言葉にすぎないとは単純には言い切れないようです。地方によってはそういった過去形を駆使する用法がむかしからあったといえます。
 『ネイティブスピーカーの英文法絶対基礎力』(大西泰斗/ポール・マクベイ・研究社・2005年)という本で、ついに氷解しました。以前アマゾンで販売ベストランキング入りしていた本です。英語なんてとんと勉強していない私が、なんの気まぐれか、クリックしてしまった一冊です。この本の「丁寧表現」の章を眺めていて目から鱗が落ちたのです。
 英語の「丁寧表現」には、(1)助動詞を使う、(2)過去形を使う、(3)助動詞と過去形のコンビネーション、の3点があげられていました。本書から例文を引用します(170〜172頁)。
 (1)の場合
 Open the window.(窓を開けろ)は、助動詞Willを使って、Will you open the window?(窓を開けてくれない)にすると、命令形からすこし丁寧なお願いに。勉強しましたよね。
 上記の例を過去形にしたものが(3)の場合です。
 Would you open the window?(窓を開けていただけますか)
 これらも中学校で学びました。本書の解説によると「過去形は遠く離れた感覚をともなっている出来事を運ぶニュアンスである」とあります。いまの自分とは遠く離れた存在や状況を言い表すのが過去形。その過去形表現が丁寧表現にもなるのは、「丁寧さの本質は距離をとることにある、その距離感が過去形によって表現される」というわけです。私は、Wouldという過去形は一種の仮定法過去の用法で、<もしあなたがよろしければ>窓を開けていただけないでしょうかというニュアンスをこめるために過去形を使うと、うん十年理解していました。そうではなくたんに<距離感>をもたせるゆえの過去形使用だった……。過去形そのものに丁寧さが宿るというわけです。
 わかりやすい例が(2)の場合です。
 How many days did you wish to stay, sir ?(何泊のご予定でございますか)
 How many tickets did you want ?(何枚ご所望でしょう)
 知らなかった……。こういう表現で慇懃な態度を表明できるのですね。
 この考え方を援用すれば、日本語の過去形による丁寧表現も理解できるのではないかと、腑に落ちたのです。
 「ポテトはいかがですか」を英語にすると、Would you like some potatoes ? でいいと思うのですが、もっと直截的に過去形を使って、Did you want some potatoes ? でもOK(おそらく。詳しい方フォローください)。となれば、それはそのまま「ポテトはよろしかったですか?」になってしまうでしょう!
 日本語においても、過去形を使って現前の事象に距離をもたせると、丁寧さが宿るといえるのかもしれません。

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