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海外で「日本」を感じる瞬間というのがたまーにあって、そういう時に自分が日本人だということを良い意味でも悪い意味でも考えることがある。日本では当たり前の事が海外では凄いことと感じたり、今まで全く気づかなかった事を意外なかたちで知ったりする。 初めて海外へ出たときのカルチャーショックは「日本」という国が国際的にほとんど重要視されていないという事だった。初めての海外はアメリカでワクワクドキドキしながら行った。しかしその大きな憧れとは逆に、日本から来ました、と言っても彼らが知っている事と言えば「寿司」と「野茂」くらいだった。たまに神戸の震災のことを聞いた人もいたけどほとんどの人が日本という国について知らず、そして興味すらない。日本では今アメリカで何が流行っていて何が格好いいのか、こういう情報は毎日のように日本に入っている。それもアメリカだけじゃなくヨーロッパの情報もだ。だから当然、日本のことも知っているかと思っていたら大きな勘違いだった。本当に何の影響力もないアジアの小さな国なのかもしれない。その後、旅行をするようになって日本が重要視されていなくても、「保証」みたいなものを感じる時もあって、例えばイミグレーションでパスポートにJAPANと書いてあるだけで比較的チェックも厳しくなく簡単に出入りできる。こういう時に日本の信頼感を感じた。 東南アジアを旅行中、柔道のアジア選手権?のような大会を見たことがある。現地ではテレビ放送もあり、街にはポスターが貼られ、ちゃんとした国際試合だった。その開会式の催し物でダンスや大勢の子供が登場したり伝統的な芸が披露されたりしたけど、どれも本当に練習をしたのだろうか?と思うくらいバラバラだった。ダンスは揃っていないは、フラフープを持った子供達もいまいち内容を理解していないらしくキョロキョロし、最後に出てくる風船もタイミングが悪く、現地の人も笑って見ていた。日本だと完璧に練習してリハーサルを何度もやり、本番で間違えればかなりのひんしゅくをかう。でも笑っている現地の人を見たらなんかそれはそれでいいんだと思った。日本では真面目に取り組んでいないだけで怒られて時には叩かれることがある。それも国際的なイベントではなく学校の運動会とかでだ。やっぱ日本人って凄いと思った反面そこまで厳しくしなくてもっと気楽に取り組めばいいのにとも思った。日本では「楽しむ」ということの解釈がちょっと難しい。スポーツにしてもチェコで見たアイスホッケーの練習方法はカルチャーショックだった。短い時間で効率的に練習が進んでいる。基礎の繰り返しと実践練習。その練習には声が小さいから、集合が遅いから、やる気が感じられないとか、そういう監督の長いお説教はない。まぁ、どっちもが良いのかわからないけど結果として強ければ問題はないのだろう。 今、全てにおいて欧米スタイルがカッコいいとか、お洒落とかそういう風潮が若い私たちの間にある。私は幼稚園のお弁当にチーズの塊を持っていき、しかもデザートとして最後に食べていた。今思えばなんとイキな食べ方をしていたんだろう。さすがにワインは飲んでなかったけど、なかなか違いの分かる子供であった。かなりの食通だ。何も知らずにそういうことをしていたのだ。しかし大人になるにつれて欧米への憧れは強まり、フランスを旅行していた時、カフェに入り、雰囲気のいい裏通りを歩き、フランスパンとチーズとワインの食卓にものすごく酔いしれていた。なんとも情けない大人になってしまった。でも、ある日パリへ向かうの列車の中で子供がお弁当を食べていたいるのを見た。フランスパンとチーズのお弁当。その時初めて、この国の人は「米」つまり「ごはん」をタッパに詰めて持っていくという発想は全くないだろうなと思った時、なぜかフランスへの憧れは去っていった。きっと彼らは「ごはん」をタッパに詰めて持っていく私たちを理解できないだろう。中にはバカにする人もいるかもしれない。私のお弁当にはチーズの隣にお母さんが作った「ごはん」と「おかず」がいつもあった。やっぱり私ってお米の国の人間なんだなと思った。 |
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