【番外編】
あれっ?
 は今ごろ、キューバにいる予定だった。「ぶつぶつアジア」最終回を書き終えて出発まであと1週間と迫ったある日、キューバで使うサングラスを買いに行ったら、左目がおかしいってことになって次の日病院に行ったら入院、そして手術となった。当分は飛行機に乗れないらしく3ヶ月のキューバ・メキシコ旅行は延期ではなく中止。ガ〜ン…。それにしても、早め早めに準備を進め、取材用にとカメラを買い、図書館で下調べもし、メキシコに沈没中の田中ちゃんへ持っていく自転車のチューブとゴルゴ13もちゃんと用意できていたのに。それが…・・なんでこうなるわけ?
 入院生活の初めは発狂しそうなほどの退屈さと、カリブ海が何でココなの?とほんとショックだった。キューバのおかげで病気に気づいたので感謝しなければいけないけど、なぜか納得いかない私。
 ここでも、いろんな人がいたし、それなりに考えたこともあるし、美味しいものも食べれた(差し入れで)。部屋は大部屋、ドミみたいな感じ(2段ベットじゃないけど)。11日間で部屋を4回変わり、4回目の部屋は旅行中のドミと同じくらいの盛り上がりで下ネタから教育問題まで話が尽きなかった。入院生活が長い人は、安宿で沈没中の長期滞在者と同じく、とりあえずは初心者にいろいろアドバイスをくれる存在。
 初日、老人ホームに突然迷い込んだような部屋。隣のベットはおばあさん。彼女は中国残留孤児で7年前に帰国。付き添いの娘さんとは中国語で話す。中国での生活はとても大変だったらしい。このおばあさんは夜になると痴呆が激しくなり、「餃子」を作りたいと騒ぎだすので看護婦さんに怒られていた。ここで「餃子」って言葉がでてくるところに中国生活の長さを感じる。普通のおばあさんなら「ちらし寿司」とか「おはぎ」とか言いそうじゃない? 入院しているほとんどが年配の人、つまり「おばちゃん」達。凄いわ、この人たち。観察力と想像力は特に凄い。とりあえず入院生活の中で皆さん共通していた事は、娘とは近くにいてくれたら便利がいい存在らしい、一番生き生きしているのは息子の話しをしている時で、何をしても気に入らないのが嫁の存在らしい。そして話題にすらならないのが旦那の話らしい。
 私がはじめて入院したのはフランスのパリ。日本では今回がはじめて。日本とフランスの違いって何だろう? 食事とか部屋とかじゃなくてもっと日常的?なもの。暇なので思い出してみた。フランスでは「ドラッグはやりましたか?」と聞かれたけど日本じゃ質問されてないし、退院するときも先生とほっぺをチュッチュってあわせて挨拶したけど、日本じゃそんなことしないでしょ(人によっては血圧あがるかもね)。それと私が何よりも驚いたのが看護士が多いこと。それも男前。とにかく「素敵!」な病院でした。でも病院の入口にスーツを着たガードマンがいて空港のセキュリティーと同じようにチェックを受けなくてはいけなかったのはなぜ?(日本の空港より厳しかった)
 れにしても私はキューバから「封鎖」されている。前回もキューバに行く直前でフランスで入院し断念した。そして今回も。次に行くときは何の病気かなぁ?(笑)
 この療養期間で一番つらいことは、片目が使えないということより、家にいる私に向かって結婚しろやら何やら言われることだ。その度に「ホントなら今ごろキューバだったのにぃー」って悔しいし、腹立つし、超ムカツク。そして、ここ何ヶ月かキューバのことで頭がいっぱいだったのやら何やらで、友達との付き合いもあまりしておらず、春物の服も買っていなかった。だから友達もいないし、服もない。残ったのはガイドブックと念のために日本でわざわざ取ったキューバのツーリストカードなどなど。
 人は病気をすると人生観が変わったり、優しくなったりするらしいけど私は自分が超自己中心的な人間であることを実感したくらい。ただ、どんな状況でも「旅のスピリット」(どんなの?)を持っていれば、何とか面白可笑しく過ごせるような気もした。あと、付き合いで断れなかったとはいえ、多数の保険をかけてくれていた両親に感謝。
 それでは、今これを読んで頂いている皆さんも「目」は大切にして下さいね。ではでは…・・。
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