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韓国は遠い国だと私が感じた一つに、ハングルがあった。町のつくりも、お店も日本に似ているのに「文字」がまったく分からない。知り合いが家族旅行で韓国に行ったときに4才の娘が外国に行ったと思っていなかったらしいけど、ガイドさんも日本語を話すし、人の顔も服装もほとんど同じだし…そう思ってもおかしくないのかも。タイやミャンマー、アルファベットじゃない国で、道を聞けば、立ち止まって教えてくれるし、食堂に入ってメニューが読めなくても何とかなった。もちろん韓国も何とかなる。でも、韓国はそういう雰囲気とはちょっと違う。何て言うか…やっぱ都会なんだなぁと感じながら人との出会いもないまま、日本へ帰ることになった。最後の国境越えでもあるフェリーの中で三人の人と出会う。一人は福岡に50年近く住んで現在韓国の港町に住んでいるお爺さん。3ヶ月に一回、日本へ来て観光をしている。NHKを見るのが毎日の楽しみで、日本で新しい橋ができたり、名所旧跡が紹介されるとメモをして、それが次の旅先となる。そのお爺さん曰く、自分は日本語に不自由しないから問題ないけど、孫達が日本へ行くと大変だよ、だって字が読めないんだからと言ってたけど、その通りでしょ。私が韓国で感じたようなことを韓国の旅行者も感じてるのかもしれない。今でも辛い韓国料理が苦手で、ニンニクの匂いもダメらしい。もう一人は現在の韓国で生まれ育った日本人のおじさん。自分の記憶を頼りに何十年ぶりに韓国へ来たけど、面影すらなく都会に変わっていた生まれ故郷にショックを受けていた。3人目は担ぎ屋のおばさん。彼女から、○○○の近くに歴史的な建築があるけど行った?と聞かれて行ってませんっていうと、今の若い人はそう言うのに興味ないね。でもそれは日本も韓国も同じって言われた。結局私は一人で旅をしたけど、最後の最後まで一人きりの旅にはならなかった。 それから3年経って、今回の旅行。韓国の女の子はバッチリメークを決めて、髪は茶髪でバックの中には携帯電話(凄く薄い)。露店のサングラスとかアクセサリーのお店には若い人で賑わっている。やっぱ「今の若い人は…・・」と思うのかもしれない。 今回のホテルは日本人が多く利用するところで、近くのコンビニも、食堂でも日本語が目に付く。コンビニには日本のビールも売っている。あーあ、これじゃカルチャーショックなんてないなぁと思いながら一人でブラブラしていたら小さな建物を見つけた。そこは抗日独立運動に立ち上がった白山アンヒジェさんの記念館で中は彼の活動に関する資料や遺品などが展示されていた。英語表記もなくハングルのみ。係の人が日本語のパンフレットを出してくれたので何とか理解できた。日本人がこれだけ多い地区なのに日本のガイドブックや観光情報にはこの記念館の案内はない。でも釜山で手に入れた日本語の観光マップにはちゃんと紹介されていた。屋台の食事に満足し、市場を思う存分歩き回り、ルンルン気分で帰るホント直前にこの記念館を見つけて、ちょっと考えさせられました。韓国と日本は、心はなかなか近づかないのかもしれない。 私の韓国へのイメージ。子供の時のイメージは反日感情でもなく、祖父から聞かされた彼の若い頃の話。野球をしていた祖父は甲子園に2度出場したあと、日本のプロ野球のスカウトを断ってソウルの京城府庁に野球をするために現在の韓国に住んでいたと言うこと。そして彼が当時ハングルを話せたということ。だから韓国といえば、キムチでも焼き肉でもなく、おじいちゃんが住んでいたところ、そして「野球」だった。ソウルでどのように生活していたのかは知らないが、そこには当時の政治的な状況を除いて祖父の野球への思いがあったらしい。絵本や童話にでてくるヨーロッパの話よりも、ここソウルは何度も何度も聞かされた話しだったかもしれない(あとミャンマーも)。 そして3年前にソウルに行ったときに、ここは祖父が住んでいた時とは全く違う街になってしまったんだろうなぁと感じながら、実は私の中で今まで一番近くにあった街なのかなぁとも思った。 |
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