【第12回】
はじめてのアジア
 ジアとの出会いは偶然というか、流れというか、正直なところ行きたいと思ったことは一度もなかった地域だったし、バックパックを背負って旅する人を見て信じられないと思っていた。それが………確か、親にはオーストラリアで勉強をすると言って日本を出た。でも私が期待していたような刺激的なことはそこにはなく、せっかくお金を貯めてきたのに、こんな毎日ではもったいないと思い、ちょっとだけアジアを覗くつもりでオーストラリアからタイへ向かった。そしたら、そこで「旅すること」にすっかり夢中になってしまったのだった。
 初めての東南アジアはタイ。しかし一泊だけしてすぐにカンボジアへ入国した。でも、この「1泊だけ」が忘れられない1泊となる。なぜか黒人ばかりの宿に泊まることになり、その周辺もタイ人よりも黒人ばかりなのだ。ガイドブックに部屋の通気口から泥棒が入ってくると書いてあったので天井をすべてチェックし、ドアが開かないようにテーブルを引っぱってきた。もちろん、この日は恐ろしくてなかなか眠れない。朝早くチェックアウトし早めに空港へ向かった。これがアジアの始まりだった。
 誰でもはじめは「初心者」なのだから仕方がないけど思い出すと笑えることがいっぱいある。何が一番可笑しいかというと「必死」に旅をしていたということだろう。ガイドブックに書いてある注意事項を頭にたたき込みながらも、カンボジアでは飛行機の時間を間違え、ミャンマーでは闇両替で騙され、ベトナムではシクロにぼられ、ラオスではビザの延長ができずに2日ほど不法滞在となった。最初だけでなく何度行ってもいろんな事がその都度あるから面白い。今、こうして正直に失敗談を告白できるけど、旅している時は同じ旅行者に言えない時もあった。だってバカにされそうだし、ぼられたなんて絶対言えなかった。(若かったのだ)
 南アジアというところは日本で普通に暮らしていた(特にアジアに興味もなく)人間にとっては刺激が強すぎる。トイレットペーパーのないトイレ、瓶ででてくるジュース、交渉して買い物をすることなどアジアでは日常なのだ。しかし、何がショッキングで、何がとまどったかというと「物乞い」の姿にはじめは凍りついていた。特にカンボジアのプノンペンで片足を無くし軍服を着た男の人が安宿のレストランに来てテーブルをまわっていく。今では別にどういうこともないが、当時はどうしていいかわからず、そして何よりも恐ろしかった。街で物乞いの人にずっとついてこられたら本当に怖かった。目を合わすこともできず、首を振って断ればいいということも知らなかった。その後、いろんな国をまわるうちに、中にはお金やモノをあげなかったら怒って帰ったり、あげた金額が少なかったら文句を言う人も中にはいると知った。そして弱そうに見えると、動物的本能でしつこく迫ってくるようだ。私の場合はナメられている節があったので、少しだけ強気で対応するように心がけた。
 この初めてのアジア旅行では安いところに泊まり、屋台でごはんを食べて、フルーツを買い、ローカルバスにゆられ、いろんな人と出会うことに刺激を感じていた。何よりも、いろんなことを考えさせられた。きっとアジアの旅に出なければ「南京錠」も一生使うことがなかったかもしれない。バイクタクシーでバイクの後ろに乗ったのもはじめて、蚊帳を使うのも初めて、手で洗濯するのも初めてだったかもしれない。
 アジアの旅行で一つハッキリと認識したことがある。それは私は英語が話せるということだった。しかし英語が「母国語」以外の外国人のみ、という条件付きとなる。当たり前の話しだけど、同じくらいのレベルならなお話は弾む。
 結局、プチアジア旅行を終えて一度オーストラリアに戻り、短期間で荷物をすべて日本に送り返し再びタイへ行き、インドや東南アジアをぐるりと回った。途中、無駄遣いでお金が急激に減り、ナイキの靴を売ろうと真剣に考えながらも無事に日本へ帰った。
 そして初心者である私は空港で別室に連れていかれたが、すべてのバックパッカーは別室へ行くものだと思いこんでいたので、係員の質問にもきちんと答え、最後には挨拶もして空港をあとにしたのだった。
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