『柏倉通信』カシャグラ・リポート……No.8
囲炉裏
カシャグラ村には囲炉裏がない。村外れにある当家を村の人が訪ねて来ると、だから、誰もが驚きの声を上げる。
「ほう、囲炉裏ですかぁ…」
ですかぁ…の後には、珍しい珍しい、という感嘆の声が続くのだけど私としては何だか変な気分だ。ここは田舎だ。田舎には囲炉裏があって当たり前。なんでそれが珍しい…と都会気分が向けきらない実にはそう思う。
カッシャグラは今、新築ラッシュでバリア・フリーの新しい家がちらほら建っている。二階にもウオッシュレットとシャワーを設える今時のライフ・スタイルの家。でも、ここは千年の歴史を持つ村。この村にはちょっとばかり自負があって文化村という誇りがある。ならば日本の伝統文化・囲炉裏があってもいいではないか。
でも村の誰もがこう言う。
「囲炉裏が文化かぁ?あんなもの用無しになってどこの家でも埋めた」「囲炉裏には貧しい時代のイメージが重なるんだよ」などなど……。
囲炉裏の炭火で暖をとる「未開」の時代から灯油を燃やす「文化」の時代がやって来たとき、囲炉裏には床板が被せられてその上に畳が敷かれた。今でも古い家にはみんな囲炉裏があるのだけど、忘れ去られた縄文遺跡のようにそれは闇の中に眠っている。
「東京から来る人はみんな囲炉裏を欲しがるんだなぁ。山ん中さ別荘を建てた東京人も囲炉裏を作ったということだしなぁ」
昨今の囲炉裏は新田舎人が東京から田舎に持ってくる流行なのだ。東京人はとことん田舎を欲しがる、知りたがる。だけど田舎人は田舎を嫌がる、否定する。変わる変わるよ時代は変わる。文化の動きはいつもパラドックス。
囲炉裏はなくなった。だから囲炉裏で使う炭もない。電話帳で炭屋さんを探すとシャマガタ市には三軒しか載っていない。ということは囲炉裏に使う炭を扱っている店は人口二十五万の自治体にたった三軒。絶滅の危機に瀕した天然記念物みたいになっているのだ。 炭が持つ、あの暖かな炎がうれしい。だから玄関のすぐ前の部屋に手作りで囲炉裏を作ったのだが、拵えてはみたものの囲炉裏の火の起こし方を私は知らなかった。炭はどうにか買えても囲炉裏のイロハを炭屋さんに教えてもらわなければ、柔らかな赤い炎の塊を灰の上に乗せて暖をとることが私にはできない。
「んだなぁ、柔らかな黒炭でまず火を起こして、次に堅い白炭を燃やす。小炭なら安いから、火起こしにはそれを使ってもいいなぁ」
都会者は炭の文化も知らない。炭屋さんにこう説明されてもよく分からない。全く手が焼ける。でも炭を届けてくれた炭屋さんは親切に囲炉裏術の手解きをしてくれる。
炭屋さんは徳丸さんと言ってシャマガタ市内から車でやって来た。何だか変な具合だ。田舎暮らしの文化である囲炉裏の炭火は、今、街中でしか手に入らないのだ。でも聞けば徳丸さんは以前、カッシャグラの上にある山の、その更に奥の大平という山村に暮らしていたと言う。今もそこにある自分の山に登って楢の木を切り、窯で焼いて炭を作る。それを街で売るのだという。
「炭はなくてはならないものだった。私が若い頃はオート三輪で最上へ出かけて亜炭まで買い取って来て市内で売ったこともあった」
「すると随分と儲けた…?」
徳丸さんは懐かしそうに笑った。「今の一番のお得意さんは焼鳥屋だよ。それとシャマガタの名物行事・秋の芋煮会で使うぐらいかなぁ」
炭の存在理由は囲炉裏用じゃなくてアウト・ドアの料理用というわけだ。
「もったいない、もったいない。インドアの囲炉裏ほど素敵な世界はないのに。日が暮れてくると炭のあかりが浮かび上がってとても気持ちいいのに」
「んだなぁ。炭はいいなぁ」
と、そう言いながら徳丸さんは火を起こす時のコツを教えてくれた。それは缶詰が巻き起こす不思議な作用だった。
カルピス・ウォーターのような細長い缶の底と蓋をくり貫いて風通しの良い円筒を作る。昨夜、灰を被せて消しておいた白炭をほじくり出してその上に新しく黒炭を足して、円筒を上に乗せる。すると微かに残っていた燃えカスが息を吹き替えして再び燃え出すのだ。缶が煙突の役目をして囲炉裏の辺りの空気を天に送るらしい。すると火が囲炉裏に舞い戻って来るのだ。種も仕掛けもないトリック。いや電気もガスもいらない火起こしの術。
できれば一年中火種を絶やさないようにしたいけど、炭は希少で高価なんだなぁ。囲炉裏暮らしに浸りきるというぜいたくはできません。
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