『柏倉通信』カシャグラ・リポート……No.6
視界ゼロ、真っ白だぁ!
それはとても恐ろしいことなのだと聞かされていた……。
とにかく滑るゾ。ハンドルは利かない、ブレーキも利かないゾ。ツルルルと車は雪道の上で勝手に滑って電柱やらガード・レールにガシンとぶつかって止まるんだゾォ……。
「冬の雪道は、まぁ、東京人には走れないよ」と地元の車修理屋さんから宣告されていたので、山形に来て始めて迎えた冬は今にでも雪が降りだしそうな灰色の空を見つめてはオロオロしていた。
そして雪は突然にやって来た。一月のある日、白い便りは強い西風と共に空から舞い降りてきて一夜で山も、田も畑も、家々の屋根も真っ白く塗り替えてしまった。私が田舎暮らしを始めた土壁の家の二階の窓からは、遠く眼下に山形市街地の全景が、その向こうに蔵王連山のパノラマが見える。その総てが白一色だ。
不思議なのだけど、雪が降ると寒さは緩む。でも、雪曇りの日は別だ。ひどく寒いし、それに、そんな日にこうして車を走らせていると、一体、何処を走っているのかもわからなくなる。
フロント・ガラスの向こうは何も見えない。道は雪の下。田も雪の中。道はどこだ。田はどこだ。真っ白だぁ。
アクセルにそっと足を乗せて、そろりそろりと車を前進させ、田圃に車を落とさないように気を配りながら車を走らせる。ヒーターをフルに効かせているせいもあると思うのだけれど、ハンドルにしがみついて前方を見る私の額には汗が伝う。ゆっくりと走らせてみては、直ぐにグゥ、グゥとペダルを小刻みに何度か踏んで、ブレーキの効き具合を恐る恐る確かめる。
と、車は以外にも素直に止まってくれる。いや、そんなはずはない。オットトト…てな具合に滑るはずだ。修理屋はそう言っていた。ややアクセルを踏み込んでみた。でも、タイヤは空回りもせず、車は素直に加速した。ブレーキを強引に踏みつけるとスゥと止まった。変だな。雪のない普通の道の時よりもハンドルさばきもペダルの効きもやわらかで滑らかな感じ。
嘘だろう。雪道は滑るんだ。そう言われたんだ、と半信半疑のまま白銀の上で運転を続けていたら私の頼りにならない運動神経が大発見をしてしまった……雪道は滑らない!
そうなのだ、バージン・スノーの白い道では車はスリップなどしないのだった。
雪の季節は街へ降りて買い物をするのを控えよう、食糧は備蓄しておこうと冬の山里暮らしの困難さを予想していたのだけど、いやいや、とんでもない、スキーを履いてパウダー・スノーのテレテレのゲレンデを滑る時のように、車は小気味よく雪道をしっかり捕えて走ってくれる。滑る滑ると脅されて、雪道は恐いだなんて先入観を持ってしまったのは失敗だった。
恐がることなんかなかったんだ。白銀のドライブは快適なものだ。テレビのCFで雪の中をビューンと疾走する格好いい車が現れるけど、ああして走るだけなら特別なテクニックなんていらない。雪深いカッシャグラの道ではタイヤはしっかりと白い道を捕えて車は滑らない。そこで頭に乗って粉雪を蹴って、山を降りてポンコツのトゥディを転がし山形市街へ買い物に出た。
ところが、ここから悪戦苦闘が始まった。街は大混乱なのだ。
街では除雪用のブルドーザーが出動して車道の雪を掃いている。だから楽に走れる、と思っていた。これが外れた。
車道にはブルのキャタビラが踏んだままに雪が残って、それが即凍って固まって、道は洗濯板のようになっている。除雪のブルがデコボコに残した雪のために車は小刻みに上下するし、ハンドルを持った手は電動ノコを持った時のように振動する。車道の真中にはマンホールの蓋がやたらにあって、そこだけ雪が解けていて、まるで深い落とし穴のように黒々した丸い口を開けてもいる。おまけに、こうして除雪した道は滑る。道を行く車に圧されて解けかけた雪がシャーベットになって、そのシャーベットは泥をトッピングしてスタッドレス・タイヤの溝を埋めるから、もう滑るのなんのって。
現代文明を看板に高級を装う都市の道では、新品のスタッドレスでもツルツル滑る。
そうか、雪道が滑るのは雪が解けかけた時、その一瞬なのだ。こう感づいたのはこの体験の後だった。
「人の知恵なんて自然を克服するには遠く及ばないのよねぇ」相棒は分かったようにしてそう言う。言われても仕方ないか。当たり前の自然を押さえつけようとする文明の抵抗が冬のシャマガタの都会ではどうにも惨めに映る。
|