『柏倉通信』リポート……No.3
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  「ときょ」の眺め方

 ボクが探した田舎暮らしの家は散々な状態だった。
 土壁は崩れ、雨漏りがして、おまけに使えぬ農機具やらのガラクタがあふれていた。家を直すにもどうにも、まず、このゴミとガラクタを始末しなければならない。壊れたトラクターやら、スイッチを入れると煙の出るテレビやら、製材用のノコやらを廃棄物業者に持っていってもらって、二トンのトラックで三台分、値切って料金六万円。田舎の古い家を買うとゴミとの戦いが始まる。そういうことを知った。       
 それに土壁は縮んでいて柱との間にくっきり隙間があって外の光が漏れて入って来る。だから、カシャグラ村に来て最初に手がけた仕事は落ちた土壁を練り直して塗ることと、隙間充填剤の建築用シリコンを買うことだった。
 車を飛ばして山を下ると、町にはホームセンターのジョイとヤマケンがあって、建築資材も農業資材も、田舎のドゥ・イット用品は総て揃っている。調度、それは開業間もない頃の東急ハンズみたいで、何だか分からない、いや、分からないけれど想像力を掻き立てる奇妙なモノがずらりと並んでいる。
 そういえば、東京暮らしの時のボクはドゥ・イットの毎日で、四谷の店の照明配線も自分でやったものだった。だから火災予防の検査に来る消防署は渋い顔していたっけ。
 東京はボクには通り抜けるだけの場所だった。通り抜けて田舎に定住した。東京から田舎の山里に移住すると言えば大層なことのように聞こえてしまうかも知れない。けど、自立派には田舎も東京も暮らしぶりに変化などなく、ただ、人口密度が希薄なところへ来ただけの話で、その分、自然環境がとても良くなったということ以外、さしたる異変はない。 カシャグラ村の正式な言葉では東京は「ときょ」と発音する。鳥がくちばしに挟みそうな音だが、実際、「ときょ」には重みがないのだから仕方がない。
 この「ときょ」の話がカシャグラ村ではついぞ出てこない。「ときょ」は大経済都市だから魅力あるゾーンのはずだけれど、ボクが普段付き合う上ノ上の爺ちゃん婆ちゃんは若者の街「ときょ」などに興味は沸かないのだと思う。
 三月田の爺っちゃんが言った。 
 「西に山が見えんべ。源氏の武将・安達藤九朗盛長があの山さ毘沙門堂を建てたことから柏倉村は生まれたっだな」
 なんでもそれは千年も昔のことだそうだ。「ときょ」がまだお玉じゃくしにもなっていない頃だゾ。
 「カシャグラ村にゃ縄文の遺跡も五つや六つあるけンど、みんな田の下さ埋まった」
 五千年ぐらい前の竪穴住居跡やストーン・サークルもあるそうだ。それは日本という国さえ誕生していない頃だ。ということは国が出来る前からカシャグラ村はあったということだな、これは。
 “ひょう”の婆っちゃんが言った。
 「今もこの山にはうさぎがいる。カモシカなの、山に食うものがなくなっと畑さ来るっだなぁ。ハクビシンは日向山の作業小屋さ、夫婦で住み着いているんだと。子を産して育てているんだと」
 朝から鳥が騒がしい家の裏手の日向山には山里好みの獣がわんさといる。皆、カシャグラ村の住人だ。
 「キジなの一杯いたんだじぇ。山さ入るとキジが落ちているんだぁ。ほいづは鷹賭けキジと言うんだ」
 婆っちゃんは教えてくれる。わらびを取りに行くと草むらにキジの巣が見つかる。卵が十二個ある。半分の六個を戴く。山に行くと林にキジが落ちている。鷹に襲われ血を吸われたキジだと言う。狩りを鷹がやり、人はそのおこぼれを戴く。肉は大層うまいそうだ。 「ときょ」に動じないカシャグラ村五千年の田舎暮らしの謎がここで少し解けてきた。うまい蛋白質源がこの辺りにはごろごろしていたのだ。食うに足りれば人は山を降りることもない。山里の暮らしが心地よければ「ときょ」に尻尾を振ることもないのだ。
 くねくねした狭い農道が繋がるだけのカシャグラ村のメイン・ストリートには通り抜けの車など入って来ない。通り抜けるだけで人の心を汚す文化はこの村にはやって来ない。やって来ないから「ときょ」の噂も入ってこない。
 ホームセンターで買ってきたシリコンを柱と壁の間にできた隙間に埋め込みながら、山形新聞を溶かして作った紙粘土を壁に埋めながら、こう考えた。縄文の五千年前も、藤九朗の千年前も、婆っちゃんがうまいと言う「鷹賭けキジ」の現代も一緒くたに茶飲み話になって、今を生きるカシャグラの村人に語られる。五千年前の心地よい小春日和の伝統がここにはあって、田舎暮らしはそれを肌にぽかぽか感じさせてくれる。
 いや、これはカシャグラ村だけのことぢゃないな。日本中の田舎はすべて、こうした心地よい時代の記憶を持っていたはずなのだから。



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