『柏倉通信』リポート……No.2
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  「えー」の捜し方

 「家」のことを「えー」という。「いえ」という二音を「えー」という間延びした一音で東北式に声に出してほしい。  のどかで悠長な気分になるだろう。
 「この“えー”はおれが五歳のときに親が建てたんだぁ」
 三月田の爺様は鍬で畑に畝を作りながらそう言った。爺様は八十になるから、栗の木の柱も梁も黒々と光る爺様の「えー」は築七十五年の重みを支えている訳だ。時の重みはそのまま風格だ。
 東北の農家は縄文の竪穴住居が発展して今の形になったという。ここカッシャグラ村には縄文五千年の歴史があるから、爺様の「えー」は五千年の文化を伝えていることになる。
 「この小屋の前さ新しい“えー”が建つッだな」
 「そうすると、爺様、今住んでいるこの立派な“えー”は……」
 「解(ほぐ)すっだな」
 三月田の爺様の「えー」の向かいに私が探した家は建っている。築三十年で土壁、漆喰塗りだが、屋根は冬の雪の重みを考慮してトタン張りだ。田舎暮らしを始めるにあたっては「えー」捜しが第一のハードルだった。物件は何と言ってもこの目で確かめるのが一番に決まっている。まずは東京の住処を引き払って、とにかく田舎ぐらしの目的地と決めた山形へ行った。山形大学近くに安い学生アパートを見つけて仮住まいとし、市内のめぼしい不動産屋に電話を掛けまくり、山里の田舎物件はないかと聞いて回った。
 「田舎さ住みたいとは珍しい」
 反応は、期待に外れてクールだった。大体、山を下りて街に暮らしたい山形人は一杯いて、それが普通なのに、何で、山に住みたいのか分からない……地元の総ての不動産屋さんから訝しげにそう聞かれた。
 一つの不思議な事実にも出会った。地域密着型の小さな不動産屋さんのほうが、田舎物件情報が豊富かと思いきや、そんなことはなくて、手広く商売をしているネットワーク・タイプの不動産屋さんが田舎物件の情報を握っていたのである。
 ファックスでぼちぼち送られて来る物件を地図に捜して、おしんの里大江町、芭蕉の山寺辺りと、ポンコツのトゥディを転がして歩いたが中々これはという「えー」に出会わない。それに、売りに出る物件は棄農が多くて、田畑も付いているのだ。
 畑は欲しいのだから具合は好いのだが、農地が買えるのは五反歩以上の既に農業を営んでいる人に、表向き、限られる。限られるのは、農地法という、農地を開放しない法律があるためで、都会からポッと来た奴が田舎らしい田舎を手に入れるのは容易ではない。
 山形に息急切って来てみたものの、山がある、昔語りの暮らしがある、街の赤塵に人が汚染されていない、というボクが夢に描く立地条件の土地はなかなか目の前に現れてくれなかった。 
 「えー」捜しに明け暮れて三カ月目、一本のファックスが不動産屋から入り、カッシャグラという山里に一件の売り家が出たことを知った。
 送られた地籍図と物件案内を頼りに現地へ行き、そこが黒沢明の『夢』のラスト・エピソードのような雰囲気を醸した土地柄なのを肌で確かめ、早速に登記所で物件の履歴を調べ、抵当などの危険がないかを見て手付けを不動産屋に払った。
 夢を叶えるにも、現実の作業は役所の世知辛いギスギスした手続きや、右から左への金の動きが付きまとう。田舎暮らしを求めたことでシビアーな世間の習いを初めてボクは知った。不動産の所有権が動いて、「えー」の鍵を手にして、早速にカシャグラ村の上ノ上にある土壁の家へ行って戸を開けようとしたら、鍵が効かない。戸が壊れていたのだ。
 「二十年ぐらい前っだなぁ、八幡様の祭さ皆んな出かけて村が留守になった時、泥棒が自転車こいで遣って来たことがあるんだ」
 カシャグラ村を襲った一人の盗賊がいたという、その、たった一つの神話を後で村の人からそう聞かされた。
 そうなのだ。そういう浮き世離れした世界に紛れ込みたかったんだ。カッシャグラ村。上ノ上の外れは当家を入れて七軒。山裾にぽつんぽつんと離れて建っている。三月田の爺様の息子さんが言った。
 「オライな家欲しい人があったら、やるっだな。百万だぁ」
 「百万円で売るの?」      
 「んねぇ。“えー”さ百万円付けてやるっだなぁ」        
 えぇ? この農家は持参金付き? そんなうますぎる話が…と思ったら訳はこうだった。
 解体に百万かかる。ならばこの家が欲しいという人に百万やって家をもって行ってもらっても同じ事だ。そう聞けばなんてこともない話だが、田舎暮らしは何処かしら気分が優雅なのである。



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