『柏倉通信』リポート……No.1
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  「ひょう」の食いかた

 「キュウリが沢山なってるはげ、あした、朝、畑さ摘みに来い」
 茶を飲みに来た隣のばんちゃがそう言い残して返って行った。
 いつもいつも、申し訳ない。おかひじきもアスパラガスも、ばんちゃの畑にできる野菜という野菜はみんな、お裾分けで頂いている。
 ばんちゃは余り畑の手入れをしない。しないけど、ばんちゃの畑では野菜が元気に、沢山育ってしまう。いや、ばんちゃは『わら一本の革命』の福岡じいさんがやっている、例の粘土団子に種を沢山混ぜ込んで蒔くという、大それた自然農法に取り組んでいる訳ではない。取り組まないのに、畑に手間暇かけず、大地の実りを楽しんでしまう。
 なぜだ?なぜそうできる。わかんない。東京から山形の山里にやって来て一年が過ぎたが、田舎にはわかんないことが一杯ある。
 東京の四谷駅前でボクは暫くエスニック料理屋をやっていた。カレーライス好きが昂じて、友人の紹介でカレーの本場スリランカへ飛び、カレーの作り方を覚えた。東京に返って、早速、四谷でスリランカ料理店を開いた。それはもう十五年も前のこと。エスニック・ブームという神風が吹いたり、グルメ本に紹介されたり、何より、スリランカ人のウィッキーさんがこよなく店を愛してくれたものだから、だらだら十年以上も四谷で店を続けてしまった。
 夏目漱石はスリランカでカレーを食ったのだ、とか、スリランカのカレーには鰹節が欠かせないのだとかの話を、雑誌やTVに流したことがあるからエスニック通なら覚えてる方がいらっしゃるかも。あの発信地、ボクなんです。

 それはそうと、スリランカはボクが田舎暮らしへ向かう道のターニング・ポイントだった。自然という言葉がちゃちに聞こえる熱帯のこってりとしたジャングル。電気もなくて、青い光を放つアセチレンが頼りの夜。でも、電気はなくともTVセットがあって、トラック用のバッテリーでTVはちゃんと映る。文明なんて、その気になりゃ、どこに居たって、別に都会にこだわらなくても手に入れられる安直な代物だったのだ、とその時に気付いた。そして、その発見は東京文明に嫌気がさしていながら、その泥濘に足を取られて身動きできずにいたボクに離陸の勇気を与えてくれた。でも、決心してエスニックな田舎に飛び立つまで、十年以上も掛かってしまった。
 「ばんちゃ、キュウリの下で曲がって伸びている草は何だぁ?」
 朝露に濡れるキュウリ畑でびっしりと地に這う雑草を見つけた。
 「ひょうだぁ。取って食え」
 湯掻いて酢醤油につけて食うと、ひょうは「旨んまえ」のだとばんちゃは言う。この「ひょう」という畑の雑草、山形新聞社刊の『やまがたの山菜』にはスベリヒユとして載っている。
 朝飯に早速、相棒とそいつを食ってみた。
 「ねっとりするね」
 「洋がらしを入れた酢醤油をつけるとあっさりするわ」
 「雑草と言うけど、いけるね」
 「田舎暮らしの極意よ、きっと」
 昼前にばんちゃが遊びに来た。 
 「ばんちゃ、ひょうもくねくね曲がっているけど、キュウリもみんな曲がっているんだねぇ」
 「ハハハ、んだっだなぁ」
 キュウリって奴はスーパーの涼しい棚では背をキリリと伸ばして格好つけているけれど、暑い畑の土の上では、海老の背のように弧を描いているものだという事実を、ばんちゃのハハハという笑い声に学んだ。
 曲がっていいんだ。曲がっているのが自然だ。地球の姿だってメルカトルの直線図法で表した奴は却って歪んでいるし、宇宙空間だって曲がっているとアインシュタインは言った。世の中、曲がっているのが正しい。曲がった「ひょう」はビタミンもミネラルも豊富だと山菜の本にあるのだが、『食品成分表』はヨモギを分析しても「ひょう」を掲げてはくれないから詳しいことは分からない。「ひょう」のように、簡単でありふれた嬉しい「真実」が田舎にはあるのに、それが東京ベースの文化では全く見えて来ない。
 東京四谷の赤塵を払って、山形市の外れのトンガリ山の下、カッシャグラ村の奥まった処に住んでまだ一年。四季のワン・サイクルを終えたばかり、自然とのエスニックな付き合いは始まったばかりだ。
 山里の家を探し当てるにもそれなりの苦労と体当たりならではの偶然があったのだけど、その話はこの次に。



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